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ニット帽

長男からニット帽が欲しいとの要望がありました。
外出する度にニット帽を求めてさまよったのですが、
有りすぎて決め手に欠けるというゾーンに突入し、
そうなるともはや納得の着地点はありません。

途中から薄々気づいてましたよ、唯一の着地点。
作っちゃえ!です。

費用としても随分抑えられるのはもとより、
手作りとなれば多少の粗も納得できますし、
何より私自身も作る過程を楽しめる事が
市販品では味わえない醍醐味です😁

決意したらもう迷いません。
娘の代休日に、二人で毛糸を調達する旅にでました。
流石に女子はアドバイスもくれますが、
自分の分も作ってくれと、ちゃっかり勝手にお気に入りの毛糸を探してきてかごに入れておりました。

持ち帰った毛糸、さっそく編み始めました。

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色変えなんかもしちゃって

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没頭すると時間を忘れます。

娘のお迎えの時間も忘れました(えっ⁉)

ご飯を作るのも忘れました(ええっ⁉)


⬇そんなこんなで出来上がったのが
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こうなると製作意欲が止まりません。
どんどこ編み進め、ニット帽三部作の出来上がり‼


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⬆左が長男用。真ん中が娘用。右が次男用です。
長男用と次男用は色ちがいの全く同じものを作りました。
何故か次男の方が頭が大きいので(笑)、やや大きめの作りです。


今、私の手は編み物仕様になっているので、
調子に乗ってセーターも編んでやろうかと企み中です。
今度は何を忘れるのか、家族はドキドキしている事でしょう。

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音楽会

先日、娘の幼稚園の音楽会がありました。

次男が在園時から今年で三回目となり、もはや慣れましたが、謎に「私服で参加」という指定があります。

初年度は、「私服」に対して、少しすました普段着で次男を連れて行ったところ、まわりはウェディングドレスまがいの女の子👰・スーツやタキシードの男の子👔で溢れていて度肝を抜かれました👀(笑)確かに、ドレスもタキシードも「私服」ではあるけども。。

そもそも、制服がある園の園行事が、制服で行われない事に私は違和感を感じますが、まぁ、決められた制服をたまには脱いで、「自由」の名のもとに自分を表現するという大義名分なのかもしれません(プライベートな発表会ですれば良いと思いますが)。とはいえ、結局は親が子供に与えてあげられる「私服」の競い合いのようになっている事に、やはり悶々としていました。


年月を経て、幼稚園にママ友もでき、よくよく話をすると、やはり同じような疑問を感じているママも多く、園に「私服」をやめるように提案した方もいるらしいのですが、「私服と指定してるまでで、園としてはドレスと言っているわけではない」という事で(要は親が勝手に私服をエスカレートさせてるだけ)恒例が変わる事はなく、ドレスが当たり前の空気に納得できない人は、周りがどうあれ普段着で参加させるという方もいました。
その潔さ、私も好きです。納得しているのなら良いですが、納得していないのに「とりあえず周りに迎合」という選択は賢明ではないなと思うから。我が子供達にも、その辺りは是非とも賢明な選択をできる人になって欲しいと思います。
とはいえ、問題は、この場合主は自分ではなく子供だということです。
とりわけ、ヒラヒラ大好きプリンセスになりたいわすが4歳の娘の場合、この状況で自分だけ普段着で参加する事を納得できるでしょうか。それこそ、ここで普段着で突破させるのも、これまた親のエゴかもしれないと思ったのです。
親の弱さかもしれませんが。。😅

我が家なりに考えた結果、新調はせず、持っているものの中で娘も親も精一杯楽しもう🙌という事になりました。



結果、その昔娘を妊娠中に女の子だとわかった時に、アウトレットで2000円というあまりの安さに惹かれて、いつ使うねんとか後先考えずに勢いで購入したワンピースがありました。
ワンピースといえど、若干ドレスの様相もあり、案の定使う機会がなく眠っておりました。幸い娘も気に入ったので服はそれでいっちょあがりです😁


そして髪の毛。
ラッピングで余っていたリボンを、折り畳んで🎀形を作り手芸ボンドで固定して、ピンをつけて髪飾りを作りました。

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横からみると、、

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実は、本題はこのおだんごです。
おだんごにしようとは思ったものの、
毛量の少ない娘は、おだんごが貧相になってしまいます。
では、このボリューム問題をどうしたかというと、
巻き戻して見てみましょう❗

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何かしこんでます⬇

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このドーナツ状のものを、ポニーテールに通していたのですが、、

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正体は、、、

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つま先を切り落とした

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要らなくなった靴下でした😆😆

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実は、このドーナツ状のおだんごメーカー、
スポンジ素材でできたものがちゃんと製品として売られているみたいです。
でも、購入するのもなんだか味気ないと思い、
まさに「新調せずあるもので楽しむ」を貫くべく、
ネットで代用の知恵を頂きました❗❗

美容院で仕上げてきたであろう子達も多い中、
履きふるした靴下を頭に仕込んで仕上げた事に、
自己満足の達成感に酔いしれ一人ほくそえむ母でした😏






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『曖昧』と『明白』その2

一方、『明白』な世界での出来事。


現在、我が家の三兄妹が揃って習っているのが水泳です。

末っ子の妊娠・出産のタイミングもあり、
長男がスイミングスクールの門をたたいたのは小一の春でした。
一般的にもやや遅いスタートですし、とりわけお世話になっているスクールが
図らずも有名なために周りのレベルが高く、
長男と同級生の子は既に4泳法習得してる子がそこそこいるという環境でした。
そんな中、3・4才の子達に混じって顔をつけるところからのスタートで恥ずかしい思いをし、
元々器用ではない長男は、同時に始めた弟に途中でクラスを抜かれる悔しさも味わいました。
そんな日々からはや2年、今は弟を引き離し、200メートル個人メドレーのタイムを縮めるのに勤しむまでになりました。

4泳法習得後にターンなどを習得し、
200個人メドレーの記録がある程度満たした段階で選手コースに移行します。
またその選手コースの中でも30秒毎にクラス分けがされてて、 
毎月の記録会での結果で昇級していくシステムです。
前記事とは全く違って、タイムという明白な力量で序列化される世界です。

もちろん、取り組んでいるからにはタイムを縮める事が大きな目標ですが、
意外にもその過程で学ぶ事が泳法以上にあるのです。
タイムという明白な物差しをもってして序列化されるわけですから、
自ずと優越感や劣等感も含めライバル心が湧きます。 
でも、それが見事なまでに心地よい濃度で漂っていて、
子供達を見ていると『俺もお前も頑張ろう❗』というアツいものが生まれています。
記録会においても、長男よりも遥かに速く泳ぐ友人が、 
自分のウォームアップの合間を縫って応援に駆けつけてくれたり、
長男より前組で泳いで思うようなタイムがでなかった子の親御さんが
長男を必死に応援してくれたり、、
正直私は長男のタイム云々よりも、そういった周りの人達の暖かさが嬉しくて、
この世界が好きになりました。


タイムや点数を競う世界、ギスギスしているのかな~
「人に負けたくない」とか必死で嫌だな~、と正直思っていました。
それこそ、親の勝手な考え方で、水泳は4泳法習得したら
やめてもいいと考えていました。
でも、何事もレベルが上がれば上がる程、血の滲む努力も必要で、 
その中でも報われない残酷な結果を味わう事もあって、、
その痛みや喜びを知っている人にとっては、
他者はライバルでもあり心から称えられれ戦友なんだなと思うのです。
そして、(長男はまだまだですが)
その域にいるからこそ見える景色があるという事がわかりました。
私は、自分自身が何事も中途半端で終わってきたので、
そういった世界を本当の意味で知らずにいました。
もうやめてもいいんじゃないかと考えてた私とは裏腹、予想外にヤル気を出して続けたいと言った長男のお陰で、
今初めて『頑張る』事の真の魅力を教えて貰った気がしています。


ちなみに、長男は先日の記録会で、30秒縮めて一つ昇級しました❗
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ただ、まだ下から数えた方が早いクラスで(笑)、
きっと水泳は人生の中で、幼少期の習い事の一つとしての位置付けで終わる事と思います。
でも、そこで得たもの(頑張ったこと・友達と励ましあったこと)は
きっと残っていくなと思うのです。 
その意味で、この2年は、単に泳ぎ方を学んだ時間でもなかったんだなと感じます。




『曖昧』も『明白』も、結局は、「人を思う」という事に始まって
「人を思う」事に繋がっていました。
私自身も、幼少期に音楽(ピアノ)もスイミングも習っていましたが、
この景色を見る事はありませんでした。
それは、環境等も起因しているとはいえ、
私自身が本当には頑張ってなかったからだと思います。
その時わからなかった(学び損ねた)事を、
うん十年たった今になって我が子を通して私自身も学びなおしてる、、
なんだか、やっぱりこの世の出来事は、
全て神の粋な仕業な気がしてならない今日この頃です(笑)

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『曖昧』と『明白』その1

子供たちの夏休みも終盤です。
夏休み中色々ありましたが、
振り返ると『曖昧』な世界と『明白』な世界におて、
各々にある種の達成がありました。


とある知人が認知症施設に入所しているのですが、
御家族が家族会に参加できないという事情があり、
そういった折には私の母が家族代理として参加させて貰っています。
この度の関西帰省中、その施設で家族会の夏祭りが催されるとの事で、
賑やかに盛り上げて欲しいとの施設のご要望もあり、
子供達を連れてお邪魔する事になっていました。
ただ、そこで振る舞われるお昼ご飯が子供は無料という事で、
さすがに家族ではない私達が無料で飲み食いするのは気が引けたため、
何かお礼ができないかと提案したところ、
子供達にバイオリン演奏を披露して欲しいという話になりました。

 「なかなかのもんぶっこまれたな。。」
と若干焦りましたが(笑)、
これはまたとない貴重な経験でもあります。
と同時に、「スイカ割りができる」というイベントに釣られる形で
息子達もノリノリだったので、お引き受けしました。

直前に通常レッスンの方の発表会があった為に練習時間が限られていたので、
それを加味した上で、入所のお年寄りや施設のスタッフの方々にも楽しんで頂けるようにとあれこれ考えて、以下の曲目にしました。


1、となりのトトロ(次男)
2、ふるさと(二重奏)
3、早春賦(以下長男)
4、花
5、荒城の月
6、川の流れのように
7、情熱大陸

最後にもう一度ふるさとの二重奏に合わせて、 
全員で合唱し終演としました。

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結果、大成功でした❗
演奏の質は、言うても素人の子供なので、 
お耳汚しも甚だしいのですが(笑)、
何よりも小さな子供がバイオリンを構えてるだけで
「癒される~」と声をかけて頂き、
なんなら出オチでした(笑)

何はともあれ、音楽の特番みたいな事言ってみますが、
音楽の力は凄いなと改めて実感しました。
知人は、もはやスプーンをどう使うかさえ認識できない程認知症が進行しているのですが、
ふるさとや荒城の月に合わせて自然と手拍子や歌詞が出てくる様子を目の当たりにしました。
実は、その知人のご子息二人が幼少の頃にバイオリンを習われており、
我が息子達が演奏する姿を見て、何か思い出すのではないかという
淡い期待も込めて引き受けた経緯もあります。
残念ながら、「思い出さへん」とおっしゃっていましたが、
私は息子達を微笑むようにかつ真剣に見つめる彼女の姿に、
きっと奥の奥の部分にはかつての記憶が残っているんじゃないかと感じました。

コンクール等で技量が点数化される事もしはしばありますが、
個人的には音楽を含めた芸術と呼ばれるものの真髄は、
感情の表現としての手段だと思っています。
なので、素晴らしい技量があってこその、、、というのは百も承知の上で、
技量や点数だけでは計れない何かが巻き起こるのもまたこの世界の大きな魅力なんだと思うのです。
感情が動かされるということや癒されるというのは、不可視なもので曖昧な世界ですが、
僅かばかりのほっこりとした空気みたいなのを作れたとすると、
これは本当に引き受けて良かったなと思いました。
そして子供達も、親が言葉で色々と教育する以上の何かを肌で感じてくれたような気がします。
小さいうちに、こんな経験をさせて貰えた事に親として感謝しかありません。

この先、子供達にとってバイオリンがどういう存在になるかはわかりませんが、
いずれにしても人を思いやる気持ちの側に寄り添ってバイオリンがあってくれるといいなと、
日々の練習で思いやりを忘れたような鬼と化す母が思ったりするのでした(笑)

ご褒美のスイカ割り⬇

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人類滅亡防衛隊 その2

何年ぶりでしょうか、、、
久しぶりに「ギャ~~」と叫びました。



ヤゴが我が家にやって来てほどなく、
放課後に学校で遊んでいた長男とその友達が、
理科園から連れてきました、新しいお友達❤

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でも、私はここで前途の叫びをあげたわけではありません。
この程度は朝めしまえ、全然へっちゃらです👋


「飼育員になるのが夢」の長男、
「獣医さんになるのが夢」のお友達、
動物好きの彼らは、カエルを前に
どこで仕入れたかわからん真偽のあやしい知識を熱弁してきます。

これは、絶滅危惧種のカエル。
このカエルが絶滅したら、このカエルを食べるなんちゃらってヘビが絶滅する。
ヘビが絶滅したら、ヘビを食べる動物が絶滅する。
そうやって、やがて人間の食糧の動物も絶滅して、
46億年後には人類が滅亡する。
人類の滅亡を阻止する為に、カエルを守らなければならない。
だから、僕らがカエルを育てて沢山繁殖させる。


という趣旨の内容です。

まあ、細かくはさておき、きっと一理はあります。
原因がカエルの絶滅かはともかく、
人類の滅亡は何らかの形で訪れるかもしれません。
ただ、それ以上に、私は「男子すげ~~」と感心しました。
女子(大人である私)は、それを起こりうる現実と受け止める単純さもなければ、
たとえそれが事実だとしても、そんなにまっすぐ野望に突き進む情熱もない気がします。
と、感心したところで、「じゃあ、人類滅亡防衛隊やね」と銘うって、カエルを飼う事になったのです。

とはいえ、彼らはいささかカエルをオモチャの延長のように扱ってる感もあり😓、カエルの運動と銘うって、カエルレースをしていたり。。。。
そんなスパルタコーチのせいか、カエルさん達、北島康介もビックリの逆三角形の体に仕上がっていきました。

 これって、、逆に人類滅亡に拍車かけてるんちゃうんかい、、、❔

と思い始めていたその日。

帰宅した長男に、玄関から呼ばれました。
お友達も一緒な気配がしたので、
ここは一つ、優しいお母さんを装いつつ(笑)
機嫌良く「は~~い」と玄関に向かいました。。。


。。。お友達が仁王立で両手に持っていたものを見て、
冒頭の叫びに至ったのです。

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どうですか❔どうなの❔どうよ❔


なんと、実はあのちびっこいカエルさん達は、
数年かけてこの大きさになるらしく、
正体はヒキガエルだったのです。

さすがに、私の優しいお母さん名演技も、
崩壊しかけていたことと思います。
とはいえ、人類滅亡防衛隊の野望は熱く、
今度は産卵させるとまで言い出す始末。

少年達の純粋な野望を無下にしないように、
どない元に戻して貰おうか、
こうなったらちょっとした闘いです。

冷静に説得してみましたが、
そんな簡単に納得するはずもなく、
とりあえずは「狭いところで飼われた方が可哀想」
と実感させるべく、ゾクゾクしてる背中を圧し殺し、
しばらく飼う事を許可しました。

やがて、ヒキガエルくんは驚異も含めて
近所の子供達のアイドルと化しました。
勿論絶対ダメな子は見るのもダメなのですが、
まるでメルちゃんのように胸に抱いて、
母性を顕にする女子もいたり(笑)😵、

そのうちの一人がまさかのうちの末娘👇


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笑てるでおい。。。😱😱😱



。。。と、翌日、事態は急変しました。
今度は、可愛らしい悲鳴がマンションに響いたのです。
何事かと聞くと、「郵便ポストにヒキガエルが入っていた」と❗😲❗😲❗

うちの長男と例のお友達が、
いつものごとくヒキガエルで遊んでいたところ、
学校に用事を思い出したけれど、
学校にはヒキガエルを連れて行けないと思って、
何を思ったかお友達がとりあえず自分ちの郵便ポストに入れておいたそう。。。(戻れよ、そして水槽にいれろよ)
それを知らない妹さんが、ポストをあけたところ、ヒキガエルがいた、と。

😱あっか~~ん😱

妹さんの状況は想像しただけで鳥肌もんですが、
男子の意味不明さに爆笑してしまいました。
その日、お友達はお母さんにこっぴどくしかられ、
ヒキガエルくんとはお別れする事になりました。

こうして、人類滅亡防衛隊は、お母さんと妹の笑顔を守れず、解散の運びとなったのです。








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