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『曖昧』と『明白』その1

子供たちの夏休みも終盤です。
夏休み中色々ありましたが、
振り返ると『曖昧』な世界と『明白』な世界におて、
各々にある種の達成がありました。


とある知人が認知症施設に入所しているのですが、
御家族が家族会に参加できないという事情があり、
そういった折には私の母が家族代理として参加させて貰っています。
この度の関西帰省中、その施設で家族会の夏祭りが催されるとの事で、
賑やかに盛り上げて欲しいとの施設のご要望もあり、
子供達を連れてお邪魔する事になっていました。
ただ、そこで振る舞われるお昼ご飯が子供は無料という事で、
さすがに家族ではない私達が無料で飲み食いするのは気が引けたため、
何かお礼ができないかと提案したところ、
子供達にバイオリン演奏を披露して欲しいという話になりました。

 「なかなかのもんぶっこまれたな。。」
と若干焦りましたが(笑)、
これはまたとない貴重な経験でもあります。
と同時に、「スイカ割りができる」というイベントに釣られる形で
息子達もノリノリだったので、お引き受けしました。

直前に通常レッスンの方の発表会があった為に練習時間が限られていたので、
それを加味した上で、入所のお年寄りや施設のスタッフの方々にも楽しんで頂けるようにとあれこれ考えて、以下の曲目にしました。


1、となりのトトロ(次男)
2、ふるさと(二重奏)
3、早春賦(以下長男)
4、花
5、荒城の月
6、川の流れのように
7、情熱大陸

最後にもう一度ふるさとの二重奏に合わせて、 
全員で合唱し終演としました。

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結果、大成功でした❗
演奏の質は、言うても素人の子供なので、 
お耳汚しも甚だしいのですが(笑)、
何よりも小さな子供がバイオリンを構えてるだけで
「癒される~」と声をかけて頂き、
なんなら出オチでした(笑)

何はともあれ、音楽の特番みたいな事言ってみますが、
音楽の力は凄いなと改めて実感しました。
知人は、もはやスプーンをどう使うかさえ認識できない程認知症が進行しているのですが、
ふるさとや荒城の月に合わせて自然と手拍子や歌詞が出てくる様子を目の当たりにしました。
実は、その知人のご子息二人が幼少の頃にバイオリンを習われており、
我が息子達が演奏する姿を見て、何か思い出すのではないかという
淡い期待も込めて引き受けた経緯もあります。
残念ながら、「思い出さへん」とおっしゃっていましたが、
私は息子達を微笑むようにかつ真剣に見つめる彼女の姿に、
きっと奥の奥の部分にはかつての記憶が残っているんじゃないかと感じました。

コンクール等で技量が点数化される事もしはしばありますが、
個人的には音楽を含めた芸術と呼ばれるものの真髄は、
感情の表現としての手段だと思っています。
なので、素晴らしい技量があってこその、、、というのは百も承知の上で、
技量や点数だけでは計れない何かが巻き起こるのもまたこの世界の大きな魅力なんだと思うのです。
感情が動かされるということや癒されるというのは、不可視なもので曖昧な世界ですが、
僅かばかりのほっこりとした空気みたいなのを作れたとすると、
これは本当に引き受けて良かったなと思いました。
そして子供達も、親が言葉で色々と教育する以上の何かを肌で感じてくれたような気がします。
小さいうちに、こんな経験をさせて貰えた事に親として感謝しかありません。

この先、子供達にとってバイオリンがどういう存在になるかはわかりませんが、
いずれにしても人を思いやる気持ちの側に寄り添ってバイオリンがあってくれるといいなと、
日々の練習で思いやりを忘れたような鬼と化す母が思ったりするのでした(笑)

ご褒美のスイカ割り⬇

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